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天満神社

2013年04月04日

大津市衣川3丁目


天満神社天満神社
天満神社
県道313号、明神橋信号の北
通称・衣川天満宮


天満神社天満神社
天満神社
石段を上ると二の鳥居


天満神社天満神社
手水舎、社務所


天満神社天満神社
稲荷社、神輿庫


天満神社
天満神社
拝殿


天満神社天満神社
天満神社
本殿・境内社


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Posted by 郷禄介 at 21:34 │Comments( 2 ) 大津市(タ行)
この記事へのコメント
天満宮の多くは、天神社から変化したものが多く、由緒が不明が多い中、比較的歴史的な位置づけがしっかりした天満宮ですね。
最近、私の方では元伊勢シリーズで出かけていますが、なぜ倭姫命は丹後や近江へ巡幸されたのか気になります。時代は、弥生時代後期の日本武尊がヤマタノオロチを退治した伝説の前で倭姫命は日本武尊から見れば叔母にあたり、近江は、海人族が支配していた頃と考えられています。また蒲生は鬼室神社、石塔寺、百済寺、阿自岐(あじき)神社(豊郷小学校の近く)など、白村江の敗戦後に亡命した人たちに関わる神社も多く、古代朝鮮半島南部から北九州にかけて勢力範囲だった海人族との接点が濃い地域になります。航海術に優れた人たちは堅田族もそうですが、元伊勢を辿ると海人族の存在が気になります。日本武尊が東征する前に、何かしらの結びつきを強くしておきたかった事が巡幸へと話が変わったようにも思えます。
Posted by 山川草木 at 2013年04月05日 08:57
ヤマタノオロチは素戔嗚尊ですね。征伐する話が大間違いしていました(^^;)
ただ神話になると、どちらかを正当化するために善悪がはっきりしていますね。
Posted by 山川草木 at 2013年04月05日 09:04
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